今月初め、日中ジャーナリスト交流会議に出席するため、沖縄を訪れた。
今回は沖縄復帰40年を記念して、沖縄での開催となったのだ。
この会議は2007年にスタートし、今回で7回目だ。
1年に2回、日本と中国で交互に開催し、両国のジャーナリストが議論を交わす。
参加者は、日中の新聞、テレビ、通信社に所属するジャーナリストなどだ。
2日間の滞在中、僕たちは、中国のジャーナリストたちに沖縄を案内した。
1日目は、ひめゆりの塔など、沖縄本島の南部の悲惨な戦跡を見学した。
そして2日目は、普天間に行ったのだ。
普天間市の西方に高台がある。嘉数(かかず)高台公園だ。
スポーツが楽しめる広場もあり、子供たちの遠足やレクリエーションなど
多くの市民に親しまれている、緑豊かな公園である。
70年前、ここで日米両軍が、16日間にわたる大激戦を繰り広げた。
沖縄戦最大の戦場のひとつとしても知られる場所である。
いま、この公園の展望台からは、普天間飛行場が一望できる。
離発着する米軍機がはっきりと見える。
僕たちも登ったのだが、そこからの景色はまるで映画のなかのワンシーンの
ようだった。飛行場の周りには、ビルや民家が密集している。
その民家ギリギリのところで米軍機が離着陸していた。
中国のジャーナリストたちは、非常に深刻な表情でその光景を眺めていた。
ただし、それは危険だという思いからではなかった。
中国には、自国内に外国の軍隊の基地はもちろんない。
ところが、ここにはアメリカという外国の軍隊の基地が存在する。
しかも、こんな小さな島に多くの米軍施設がある。
「これはいったい何なのか」
「沖縄の人たちは、どう考えているのか」
と、中国のジャーナリストたちは疑問に思ったのだ。
中国のジャーナリストは、ちょうど同行していた沖縄の新聞やテレビの記者に、
「あなたたちは、どう考えるのか」
と話しかけていた。
「けしからん」と憤慨する人もいたが、多くの人は答えに困ったようだ。
この沖縄の人たちの態度に、
「それなら、なぜ追い出さないんだ」
とさらに問い質していた。
沖縄の人たちにしても、複雑な感情をうまく説明できず、戸惑ったことだろう。
中国のジャーナリストたちは、非常にストレートに質問してくる。
多くの日本人は、その態度に面食らうようだ。
ところが僕は、そんな中国人ととても気が合う。
そして僕も、彼らにズバズバと遠慮なく質問をする。
中国一等書記官スパイ事件をどう思うか、盲目の活動家、陳光誠さんが弾圧され、
アメリカに亡命したことをどう思うかなど、問い質した。
中国のジャーナリストたちにとって、口にしにくいことばかりだ。
それでも、彼らは率直に答えてくれた。
どうも他の日本人ジャーナリストは、
「こんなことを聞いては相手に悪いんじゃないか」
と思いすぎているのだろう。
だが、僕のように遠慮なく質問し、ときには口論になるぐらいのほうが、
本音の話ができるようになるのだ。
相手を思いやる気持ちは大切だ。
だが、ジャーナリストに必要なことは遠慮することではない。
言葉で相手にぶつかっていき、本音で議論をしていくことだ。
ここ沖縄・普天間では、基地移転の問題が長年にわたり、なおざりにされてきた。
民主党政権はこの問題から逃げている。だから、なんの解決もできない。
沖縄の人たちとも、アメリカとも本気でぶつかって話をしないかぎり、
絶対に事態は変わらないと僕は思う。
現実から目をそらし、議論を避け続けていては、決して足を踏み出すことは
できないのだ。