田原総一朗です。
9月29日、
40回目の「田原カフェ」を
開催することができた。
これまで何度か紹介してきたが、
僕が「マスター」になって、
ゲストと若い聴衆たちと、
タブーなく議論する催しだ。
母校早稲田大学近く
学生街の喫茶店、
「ぷらんたん」を
会場としてお借りしている。
温かみのある店内、
みんなが顔の見える距離で、
自由に話ができる。
僕にとって、
かけがえのない場だ。
2020年スタート当初は正直、
こんなに長く続くと思わなかった。
ゲストとの折衝、
進行役などを務めてくれる
田中渉悟さんには感謝しかない。
40回開催の間、
僕の体調不良による
中止は一度もなかったらしい。
元気の秘訣を聞かれたので、
僕はこう答えた。
「だって楽しいもの。
楽しいから、
休むわけにいかない」
本当にそうなのだ。
僕は仕事が一番楽しい。
ストレスがまったくないから、
こんなに長く続けられたのだ。
40回目のゲストは、
戦場ジャーナリストの須賀川拓さん。
元TBSの報道記者で、
今年6月、42歳で退職、
株式会社 FACT FORCEを立ち上げた。
実は、僕もテレビ東京を辞め、
フリーになったのが、同じ42歳。
やりたい仕事をしようと思えば、
組織にいられなくなる。
ご縁と親近感を感じた。
須賀川さんは、
長くガザ取材を続けている。
なぜ戦場に行くのか、
という問いへの答えが印象深かった。
「生活に土足であがりこみ、
家族の死、前夜の空爆について聞く。
失礼きわまりないんです。
それでも彼らは、
ほぼ躊躇なく答えてくれる。
それを人として伝える
責任があると思っている」
そして、戦争が遠くなった
今の日本で暮らす人々へ、
伝えたいことを聞いた。
「昨日の最後に、
人とどんな会話をしたか、
覚えてますか?
たぶんみなさん、
そんなに覚えていないと思う。
僕はそれを守りたい。
これ、究極の平和です」
今のガザでは、
夜寝る時、
子供たちを別々の部屋に
寝かせるのだという。
空爆された時、
誰か一人でも生き残るように……と。
そして、その日一つ一つの会話が
「最期になるかもしれない」
彼らはそう覚悟している。
昨日の最後誰と何を話したか、
覚えていない。
「平和ボケという人もいるかもしれないが、
それがいいのだ」
という須賀川さんの言葉には、
戦場を見ている人の
実感がこもっていた。
僕も戦時中の
灯火管制の暗い夜を思い出した。
絶対に戦争をしてはいけない。
40回目の田原カフェで、
あらためて心に誓った。
これまで「田原カフェ」には、
いろんな方にご登場いただいた。
首相になる前の石破茂さんとも、
平和について、日本のあり方について、
率直に本音で議論をした。
またぜひいらしていただきたい。
伺いたいことが山ほどある。
顔と顔を突き合わせ、
議論をすること、
話をすることは、
人と人がわかりあうため、
そして戦争をしないために
絶対に必要なことだ。
「田原カフェ」50回をめざしたい。